開発秘話

すべてはここから始まった空想を愚直に追いかけた2人が語る『空調服』の開発秘話

-空間を涼しくするのではなく、着衣で涼しくする-

この奇想天外なアイディアはどのように生まれて、どんな経緯で形になったのか。『空調服』の生みの親である市ヶ谷弘司社長と、育ての親である胡桃沢取締役に、唯一無二の製品を着想した経緯から、その後の”悪戦苦闘が続いた成長日記”までを語ってもらいました。

代表取締役 社長 市ヶ谷 弘司氏

株式会社 セフト研究所 代表取締役 社長 市ヶ谷 弘司氏(Hiroshi Ichigaya)

1947年生まれ。1991年にソニーを早期退職後、同年9月に株式会社 セフト研究所設立。ブラウン管測定器の販売で赴いた東南アジアで「生理クーラー理論」を着想、この理論を応用した『空調服』を開発し、製造。この製造した『空調服』を販売するため、2004年に株式会社ピーシーツービー(現株式会社 空調服)を設立する。2005年に株式会社 空調服に社名変更。
取締役 胡桃沢 武雄

株式会社 セフト研究所 取締役 胡桃沢 武雄(Takeo Kurumizawa)

1943年生まれ。1963年、有限会社 大和製作所の東京工場入社。1997年2月、30年以上勤めた同社を退職し、3月に株式会社 セフト電子工業入社、2001年に株式会社 セフト研究所に転職する。2014年より現職。市ヶ谷社長が「無理難題と言われる私のオーダーを忠実に再現してくれる数少ない職人」と絶大な信頼を置くビジネスパートナー。

東南アジアのビル群を眺めて オンリーワンの発明品のヒントを得る

–もともと『空調服』のアイディアが生まれたのは、東南アジアを訪れた際だと伺っていますが
市ヶ谷社長(以下、敬称略)1998年頃でしょうか。その頃私はブラウン管の評価装置を作っており、それを持ってアジアを中心に海外進出していました。当時はタイやマレーシアといった国々がまさに勢いに乗っている時代で、各所に大きなビルが建てられていました。暖かい国ですから、それらのビル全体を冷やすために当然エアコンが使われていたのですが、それらを眺めながら「きっと、電力消費量はすごいのだろうな」と漠然と感じていました。「これってどうにか改善できないのかな」と。今思えば、こんな素朴な疑問が『空調服』の誕生につながるアイディアの種だったのですね。
–ブラウン管の評価装置とはまったく異なるジャンルですが、もともと知見はあったのですか。
市ヶ谷今、当社が提言している”生理クーラー理論”はもちろんですが、専門的な知識もありませんでした。なにせ当時の私は、温めるためにエネルギーを消費するのは分かるけれど、冷やすためにどうしてエネルギーを必要とするのか、と考えておりました。冷やせば冷やすほど、電力メーターを逆回転できるんじゃないかなと思っていたくらいですから(笑)。でも私はそれでいいと思っています。知見の有無など気にせず、常識にとらわれず「こうだったらいいな」という思いを形にしていく。そのために仮説を立ててはひとつひとつ試し、学んでいく、それが私の生き方です。その後、思案の末に、私が描く”省電力で涼しくする仕組み”を実現するための2つのキーワードが思い浮かびました。まず「水の活用」です。打ち水にヒントを得たのですが、水が蒸発する際に熱を奪う気化熱の原理を活用すれば涼しくなるだろうと。しかも水ならば価格を抑えられますし、蒸発しても無害ですからね。次に「30度という温度に対する体感値」がヒントになりました。なぜ、気温30度は暑くて、お風呂の30度はそう感じないのだろうと。これは熱伝導率の理論で説明がつく話でした。水は空気に比べて密度が濃くて熱を伝えやすいので、体温がどんどんお湯に逃げていき、体感として寒く感じる。一方で空気は水に比べて非常に密度が薄く、熱を伝える力が弱いので、体温が空気に逃げずに逆に温まってしまい、身体から熱が発散されないので蒸し暑く感じる。それならば、直に身体に表面体温よりも低い30度の温度層を強制的につくってあげれば、涼しくなるのではないかと考えたのです。
胡桃沢取締役(以下、敬称略)それで当時の会社の屋上に、任意の温度層をつくるための実験施設をつくろうと。しかし、犬小屋ぐらいの大きさのものをつくっていたまさにその最中に、市ヶ谷社長から「空間全体を冷やす必要はあるのかな、身体に取り付けて人間だけを冷やせばいいのではないだろうか」と提案があったわけです。
–『空調服』が生まれる瞬間のインスピレーションですね。
胡桃沢本当に社長のひらめきには都度、驚かされますが、一方で朝言われたことが夕方に180度変更させられたりと、随分泣かされてもきました(笑)。結局、その犬小屋は使わず仕舞いでした。

滑稽にも思えるほどの開発への情熱が 前代未聞の理論を生むことに

–いよいよ、着衣型へ移行したわけですが、現行モデルになるまで多くの苦労があったと聞いています。
市ヶ谷初期モデルは、服に水を散布し、水の気化熱により強制的に熱を奪うという形でした。ペットボトル型のタンクからポンプとパイプで吸い上げた水を服に散布する。それをファンの風を活用して熱を奪うのです。これを着用して電車に乗りましたが、周囲からは好奇の目で見られましたね。「変なのが乗ってきたぞ」と(笑)構造的な問題としては、当初の試作品は気温が低いと必要以上に涼しくなり、暑くなるとそれほど効果がない。加えて、タンクの水漏れ問題もあり、「パイプだらけの男が、今度はズボンを濡らし始めたぞ」なんてなると、もうね、悲劇ですよ(笑)。ただし、この恥ずかしい経験は後に活きました。水漏れの問題を解決できないか熟考しているうちに、人間にも打ち水の機能があるではないかと気づきました。つまり汗ですね。この汗をファンで完全蒸発できれば身体を適温に保てるのだからタンクは必要ない、これが「生理クーラー理論」の始まりです。
胡桃沢当初、服に取り付けたファンから外気を取り込むのが『空調服』の仕組みの肝となるわけですが、初めはなかなか思った温度に調節できなかったのです。そこで現株式会社 空調服の社長(市ヶ谷透氏)が「もっと大きなファンを取り付ければいい」と提案してくれた。本当に盲点でしたね。製作者だど気づかない第三者的な立場から意見をいただけたのは良かった。当時のファン部分は現在と比べるとそれこそ1/10ほどの小さいサイズで、大きさが異なるのですよ。これが現在の『空調服』の原型となります。
市ヶ谷その後、胡桃沢さんとああでもない、こうでもないと改良を重ねた。
胡桃沢細かいのですよ、社長の指示が(笑)。「そこをもう1ミリね」とか。ただ、その通りに作るとぴったりとハマる。そういった点はさすがと思いますよ。
市ヶ谷こうした方が良い、こうしたらどうなるのだろうかというアイディアはどんどん湧き出てきます。なので、それを形にしてくれる胡桃沢さんには本当に感謝しています(笑)。
–今では多くの現場で『空調服』が利用されていますが、今後の展開を聞かせていただけますでしょうか。
市ヶ谷振り返るタイミングではないですが、今後も直感は大切に、いろんなシーンで利用されるようアイディア出しをしていきたいです、そもそも専門知識があったら『空調服』なんてアイディアに結びつかないと思います。「これができる、あれなら可能だ」ではなくて、「こんなものがあったらいいな」という純粋に端的な視点で製品を生み出していきたいですね。
胡桃沢とにかくね、一度着てみてほしいですよ。論より証拠。着たらどれだけ快適か絶対にわかります。手放せないですよ。私と社長が中心になってつくった”世界一の製品”ですから。世界中の人に着用してもらいたいです。
市ヶ谷『空調服』はまだ完成形ではありません。成長過程です。この場では言えないものだとか、まだまだ他のアイディアもありますので、胡桃沢さん、引き続きよろしくおねがいしますね。
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